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横浜地方裁判所 昭和43年(わ)1486号 判決

被告人 若松善紀

昭一八・八・一〇生 大工

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる証第一〇、二六、三一乃至三三号の各物件はこれを没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(事実)

被告人は、本籍地で生れ、二才のとき父が戦死して母の手一つで育てられ、中学校卒業後上京し大工見習を経て昭和三八年ころには月収七、八万円程度を得る大工となり、昭和四二年一〇月ころからは、肩書住居地の借家に一人住まいをし、有限会社河村工務店傘下の大工として稼働しているものであるが、幼少時から手先が器用で、学業成績も上位に属し、殊に電気機械関係に興味を持ち、将来は電汽車の機関士または船の無線通信士などを志していたにも拘らず、父の死亡などにより経済的事情から、上級の学校にも進めず、好きな道を歩むことができなかつたため、かねてから不満を抱いていたうえ、小学校一年ころより、軽度の言語障害(吃)があつて、長ずるに及び時折同僚などからこれを指摘され、これがため他人に対し劣等感を持つようになり、これと生れつきの内向的性質とがからんで、何時とはなく陰気でひがみ易く、世間を疎んじるような性格が醸成されるようになつた。

ところで被告人は、昭和四二年二月中旬ころ、もと被告人の実家に疎開していて幼馴染であつた小幡雅子(当二三年)と一八年振りに再会し、これと交際するうち、急速に親密の度を加え、同女が既に人妻であることを知りながら、同年三月上旬ころから、当時被告人の居住していた東京都新宿区西落合のアパートにおいて将来結婚する約束のもとに同棲を始めたが、これを知つた被告人の母の強い反対や、被告人と雅子との性格の不一致などのため、僅か四〇日程経つた同年四月一六日ついに雅子は被告人と別れることを決意して、右アパートを出て実家に帰り、その後次第に被告人を避け、同年一〇月ころには、被告人が当時勤めていた有限会社高橋工務店の大工であり且つ被告人の同郷の先輩でもある渡辺喜代光と懇ろになるに至つた。そのため被告人は、大工仲間からこのことを揶揄され、同店に居づらくなつて、そのころ前記河村工務店に勤め変えをしたのであるが、なお同女に対する恋慕の情絶ち難く、昭和四三年一月ころに至るまで数回にわたつて右渡辺方を訪れ、同女に対し自分の許に帰つてくれるよう懇願したところ、その都度同女より冷く断わられたので、同女に対する嫉妬の情が次第に憎悪の念に変つていつた。

そこで被告人は、かねてから興味を持つていた狩猟用火薬で爆薬を作りこれを雅子の家に仕掛けてその恨みを晴らそうとも考えたが、これを実行すれば犯人が自分であることは直ぐ露見するとしてこれを思い止まつたものの、前述のような性格のために雅子の背信によつて異常な精神的打撃を受け、忿懣やる方なく同女のみならず世間一般に対しても反感を覚え、むしろ同女が自宅から右渡辺喜代光方を訪れるとき利用するが故にかねがね不快感を持つていた国鉄横須賀線の電車に時限爆弾を仕掛けてこれを爆破すれば、以前に世上を騒せた「草加次郎」事件の例にもみられるように犯人が誰であるかは容易に判らないうえ世間が大騒ぎをするので、このことによつて同女や世間一般に対して持つている欝憤を一時に晴らそうという漠然たる考えを抱くようになつた。

そのため被告人は、同年二月中旬ころから時限爆破装置の製作を試み、先ず以前埼玉県の工事現場でセパレート・ジヨイントという鉄製継手を用い実験を行つて既に爆発力のあることを知つていた狩猟用のSS無煙火薬微量を、ガス点火用ライターの部品であるヒーターで点火したところ、火薬が勢いよく燃えたので、右ヒーターを爆発点火用に使うことに決め、同年三月初旬ころ立川市柴崎町所在の三進銃器店立川営業所においてかねて狩猟目的のために交付を受けていた火薬譲受許可証を使用して日本油脂製SS無煙火薬二五〇瓦入り一缶を買い求め、同月中旬ころの午後一時ころ当時被告人が働いていた藤沢市鵠沼海岸の鵠沼ニユーマンシヨンビル建築工事現場の資材置場から持ち出した水道管用直角継手(直径約二糎、長さ直角点からそれぞれ約五糎)に電気ドリルで穴をあけその中にアース線二本を差し込みその先端に前記点火用ヒーターを接着したうえ前記火薬約一二瓦余りを詰め鉄蓋をして爆体を作り、これを附近の草原に置きその上にコンクリートブロツク三個をのせ、約一〇米引張つたアース線に一・五ボルト乾電池二個をつないで爆発させ、右ブロツクの破片が約七、八米四方に飛び散つたのを認め、次いで同年四月中旬ころの午後一時ころ前記資材置場から持ち出した二個の水道管用二方継手(直径約四糎、長さ約五糎)と一個の三方継手(後述)のうちの二方継手に前同様の方法で火薬約一五瓦余りを詰めて爆体を作り、これを前記草原の深さ約二〇糎の土中に埋め、前同様爆発させ約一・五米の高さに土柱が舞い上るのを認め、さらにそれから数日後の午後四時ころ建築中の前記鵠沼ニユーマンシヨンビル五階の広さ約八〇平方米区画のコンクリー床上で前回同様の爆体を爆発させ、継手の破片が約六、七米四方に飛散し爆心地点に深さ約一糎半径約四糎の穴があき其処から約四〇糎離れた型枠締付パイプ(直径約五糎、厚さ約〇・三糎)に拇指頭大の穴があいたのを認め、これらの実験で電池と点火用ヒーターを使つて時限爆破装置を作りうることを確認すると共に前記爆体の持つ破壊力を知り、電車爆破の決意を固めて既に前同様点火用ヒーターを設置し約三五瓦の火薬を充填してある水道管用三方継手(直径約四糎、長さ約一〇糎)を前記自宅に持ち帰り、四年程前に購入していたナシヨナルET六三型タイムスイツチ(ソケット差込口に出と入の文字の記載があるもの)およびクラウン・テープレコーダー用電池ケース(一・五ボルト乾電池四個入)とともにこれを以前隣家の小島高光方から土産品として貰つた「鯱最中」のボール箱の中に入れ、洋箪笥の中に仕舞つてこれが使用の機会を待つていた。

被告人は、前述のように右実験によつて確信を得るやかねての計画どおり、国鉄横須賀線電車に時限爆破装置を仕掛けることを決意し、昭和四三年六月一六日午後零時ころ右自宅において、前記タイムスイツチの作動時刻を午後三時三〇分にセツトし、右電池四個入りの電池ケースおよび三方継手から出ている各二本のアース線をタイムスイツチから出ている四本のアース線(電源コードを中で切断して四本の線に接続したもの)に結び、右電池および三方継手にそれぞれビニールテープを巻いて絶縁し、ここに時限爆破装置を完成し、これを前記最中の箱に入れその隙間にビニール袋を詰めて動かないようにして蓋をしめ、新聞紙(同年四月一七日付毎日新聞三多摩版)で包んだうえ緑色の買物紙袋に入れ、これを携えて同日午後一時四〇分ころ、東京都千代田区丸の内一丁目一番地所在、東京駅六番ホームに到り、同ホーム一三番線に停車中の乗客の現在する下り第一三三三号横須賀行電車(同駅発午後一時四五分、横須賀駅着同二時五九分、同駅折返し発同三時四分上り第一五三二号、東京駅着同四時二三分)五号車の網棚に同車輛を破壊すると共に不特定多数の乗客に死傷の結果を来すかも知れないが、それもやむを得ないとの決意のもとに前記爆発物を装置し、同駅を定刻に発車した同電車が、横須賀駅から折り返して東京駅に向かい進行中の同日午後三時二八分ころ、鎌倉市小袋谷一丁目三番一号附近(北鎌倉、大船駅間)に差しかかつた際、右爆発物を爆発させてこれを使用し、よつて日本国有鉄道所有大船電車区長管理にかかる同電車五号車輛の屋根、天井に張られた鉄板および合金板四枚、座席七個、網棚、窓ガラス四枚のほか車体付属品八点(損害約五四、一〇六円相当)を損壊して右電車を破壊するとともに、前記爆発物の装置位置に近接(約〇・七七米)していた乗客広島勇(当時三二年)に対し脳挫滅の傷害を負わせ、同日午後一〇時四三分ころ、鎌倉市大船六丁目二番二四号所在大船中央病院において死亡させてこれを殺害したほか、右装置位置に近い場所(いずれも半径四米以内)にいた別紙一覧表(一)(略)記載の一二名に対しては、同表記載のとおりの各傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げず、かつ別紙一覧表(二)(略)記載の二名に対し同表記載の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(適条)

法律に照らすと、本件は、判示のように、爆発物を使用して人の現在する電車車両の屋根、天井に多数の弾痕、貫通痕を残し、さらに窓ガラスを粉砕し座席を損傷汚損しているので、まさに交通機関の実質を害し、少くともその機能効用の一部を失わしめたものとして刑法第一二六条第一項の電車破壊罪に該当し、しかも判示のように右電車破壊行為によつて乗客の広島勇に対し致死の結果を招来させているから、同条第三項の電車破壊致死罪にあたり、さらにまた右電車破壊行為には不特定の乗客を殺傷するという未必的故意が含まれているので、広島勇ならびに高村末吉ほか別紙各一覧表記載の者に対してはそれぞれ同法第一九九条、第二〇三条、第一九九条、第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条の殺人、同未遂および傷害の各罪にも該当するわけである。

しかして右広島勇に対する電車破壊致死と殺人、右電車破壊と高村末吉ほか一三名に対する殺人未遂、傷害の各所為は前示のように一回の爆発物使用によるものであるから、それぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れることになり、かつまた右爆発物使用は人の身体財産を害する目的でなされたことが明らかであるから、爆発物取締罰則第一条にあたるといわなければならない。

しかして本件は前述のとおり一回の爆発物使用行為によつてこれらの各罪を犯したものであるから、以上は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当し、結局刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用し最も重い電車破壊致死罪の刑を以つて処断することとし、後記の事由を勘考し所定刑中死刑を選択して処断し、押収にかかる昭和四四年押第三九号中主文掲記の各 物件は同法第一九条に則りこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

なお本件は前示のとおり事犯の重大性に鑑み、その量刑に当つては被告人および弁護人の主張を十分吟味し諸般の情状を慎重に勘考したもので以下順を追つてこれらの点を明らかにすることとする。

一、社会的危険性 先ず本件犯行に使用されたものが火薬を使つた爆発物であることに着目しなければならない。これは爆心地から四米離れた厚さ約一粍の鉄板を貫通しうる破壊力を持つもので、このようなものを、不特定多数の人間が乗り合わせる電車に装置することは、特定人に対し刃物で切りつけたり銃器で発砲したりするのとは本質的に異り、爆発圏内に入るものを無差別的に殺傷する結果を招来するわけで、その危険性は極めて大きいといわねばならない。

一、結果の重大性 被告人の装置した爆発物の爆発により、判示車輛は一瞬にして修羅場と化し、車内の鉄板には無数の穴があき硝子戸は割れ血潮が四散して天井にまで飛び散り、乗客は苦痛に呻吟し、その惨状は目を覆うべきものがあつた。その結果偶然本件車輛に乗り合せた何の罪もない乗客のうちの一名は死亡し、瀕死の重傷者を含め一四名のものが負傷したのである。

一、社会的影響 本件は通勤通学用に利用されている横須賀線の電車を狙つて敢行されたという点を重視せざるを得ないのである。近時大都市近郊における交通機関は、主に通勤通学用に利用され、その混雑は目に余るものがあり、特にラツシユアワーにおいて、その極に達している状態である。いまこの交通機関内において爆発が起つたとすれば、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されることは必至であり、本件発生後近郊交通機関を利用するものはいたく衝撃を受けて恐怖におののき、多くの乗客において、思わず網棚に眼をやる状態が続いた程である。それ故かかる交通機関における犯罪は、他の犯罪とは同視できない面のあることに注目しなければならない。尤も本件犯行は、比較的乗客の少ない日曜日の午後に行われたものであるが、これは被告人が特に日曜日を選んだというのではなく、当日(昭和四三年六月一六日)が偶々雨で仕事が休みであつたのと、「一六日」という日が被告人にとつて不快な思い出が続いた日であつたため、その日を選ぶ気になり、それが偶然日曜日であつたに過ぎず、若しこの「一六日」が日曜日でなく平日であつたならば、被害が遙かに多数にのぼつたことも予想されるのである。

一、模倣性 近時交通機関内における爆発物使用の犯行が往々見受けられるが、その犯人の検挙は困難を極め、人心をして不安に陥れている有様である。偶々本件は、神奈川県警の優秀なる捜査陣が、不眠不休の努力と、科学的捜査方法とにより、稀にみる短期間内に犯人検挙となつたものであるが、未だ所謂草加次郎の犯行など未解決のものもあり、この種犯罪の持つ独自のスリルと猟奇性および犯人検挙の至難性のため、その模倣性は充分に考えられ、同種犯行の再発のおそれなしとは云えないのである。よつてこの種犯行の量刑にあたつては、この点も十分考慮しなければならないところである。

一、殺意の存在 被告人は本件犯行により乗客を殺傷する意思はなかつたと主張する。なるほど被告人が積極的に乗客を殺傷しようという目的を持つていたものではないことは首肯できるが、判示のように被告人は、事前に三回にも亘つて爆破実験をし、当該爆発物の威力を十分に知つていたのであつて、これを乗客が集ることが予測される電車内に仕掛け、これが爆発すれば、その周囲に多大の打撃を与え、これにより乗客が死亡あるいは負傷するに至ることは、被告人において十分知悉していたものというべきである。尤も被告人は、乗客の殆んど乗つていない時に爆発物を装置したというのであるが、その電車が程なく発車し、順次乗客が乗り込んで来ることは被告人としても予測していた筈である。

それ故当裁判所は、少くとも爆体より比較的近い座席にいたものに対しては、死に至るべき未必的故意があつたものと認定したわけである。現に爆体直下にいた一名は、頭骸骨内に鉄片が突き刺つて間もなく死亡し、四米以内にいた乗客のあるものは、手足がもぎとられるような重傷を負つているのである。

一、被告人の犯行時の心神の状況 弁護人は、本件犯行時被告人の心神の状態は全く異常であり、是非弁別能力が全く欠缺していたか少くともこれが著しく減退し、所謂心神喪失若しくは心神耗弱の状態にあつたものと主張するが、被告人は判示のように、生来の性格偏向に加え、小幡雅子との関係のもつれから、ある程度の心神の動揺が認められるも、本件犯行に至る経緯、周到なる計画、犯行およびその後の行動を詳細に吟味するとき、犯行時の是非弁別能力の欠如若しくは減退は認め難いのである。このことは被告人の司法警察員、検察官に対する二十数回に及ぶ供述調書や当公判廷における態度、供述内容等に徴しても明らかである。したがつて右主張は採用できない。

以上の諸点を綜合考究すれば、被告人に前科のないこと、その境遇が必ずしも恵まれなかつたこと、事件後悔悟していること、千数百人に及ぶ減刑歎願の上申等を勘案しても、なお被告人に対しては極刑を以つて臨まざるを得ないものと思料した次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 野瀬高生 芥川具正 秋山賢三)

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